summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

【小説】短編1話読み切り~2つのガラクタ~

今日は久しぶりに早く帰れると思っていた夏の夕暮れ、突然事務所に怒声が響いた。

「おい!大輔、ちょっとこい。」

うちの会社では下の名前で社員を呼び合う。社長もしかりだ。

定年退職の年齢が過ぎ、一線を退いた社長が社内のことに口を出すことは少なくなっていた。俺と社長の息子が今は工場長として工場を取り仕切っている。そんなときに怒声が響いた。急いでデスクへ向かう。

「どうなってるんだ、2回目のオシャカだぞ。お前の責任だろう。」

事情を説明するしかない、しかしミスは立て続けに続いている。もちろん製品の担当者には適任を選んだはずだ。

「すみません、取扱いが少ない材質で、寸法公差が厳しくて。」

言い訳のように説明し、今度は上手くいくことを祈るしかなかった。

「次はちゃんとできるんだろうな。いままでの失敗は何が原因だ。」

一つは、工具の取り違え、もう一つは公差の外れだ。工具の取り違えが痛い。

「材質のひずみを考慮しないままに最終加工までしてしまいまして。次は最終工程前に検査をさせるよう指示してあります。」

いままでこんな長い工程を組むことは無かった。少しでも工程を減らしてコストを削減するためだ。検査員は毎日深夜まで業務に追われ、とても工程を増やすようなことは依頼できない。

しかし一度目の失敗は痛かった。失敗をしたのは入社3年目の幸治だった。幸治は入社1年目こそ伸び悩んで同期とも差がついてはいたものの、2年目から安定して仕事に取り組めるようになってきた。性格は大人しく、失敗が少ない。前向きに大胆に仕事をすることを推奨する社風の中で合わない雰囲気がしていたものの、最近は少しずつ順応してきている。なにより小さい頃から優等生で、この地域では誰もが知っている大学を卒業している。失敗を恐れる性格なのだ。その幸治が珍しく大きな失敗をした。工具は製品に付いた瞬間に折れ、製品の中に食い込んでしまった。なんとか助け出そうと試みたものの、1から作り直したほうが安く済むことと、納期もかろうじてあったことが幸いだった。

2つめの失敗は、惜しい失敗だった。理論上は問題なく出来上がる製品のはずだった。確認したプログラムは何一つ間違っていなかった。足りなかったのは経験値だ。いつもと材質が違う際、ひずみを考慮して加工するのが筋なのだ。それを怠った。しいて言えるとしたら、責任者である俺の指導不足だろう。言い訳ができなかった。幸治の失敗は痛かったが、なにせ優等生なのだ、強く言うことで怒られ慣れていないせいか、すぐに委縮してしまう。その前工程を担当した和夫は入社10年目になる。もうベテランと呼ばれてもいい歳になったものの、後から入社した後輩にドンドン抜かれていった。新入社員が一番多く配属される部署に未だに居座っている。しかし難しい製品がきたときには和夫に任せることに決まっている。一番経験値が高いからだ。この製品は新規ユーザーということもあり、これが上手く納入できれば今後の取引が期待できると営業から念を押された製品だったのだ。

和夫は期待に反して、経験がない人間と同じようにミスをした。入社3年目の幸治は2回目のミスも責任を感じ、次に失敗しないための工程を提案してきた。提案内容が良かったので後から聞いてみると、検査員の隆志に聞いていたのだ。昨年までは検査員の隆志と幸治は同じ部署だった。このジョブローテーションが大成功だったと思う。幸治は1年目、同じ部署の先輩に怒られ続け、ネガティブに仕事を進めるようになっていた。誰よりも失敗を恐れ、完全に委縮していた。そこで部署を異動させたのだ。その途端、見違えるような成長を見せてくれた。最初こそ著しい成長を見せた同期にも追いつき、今では信頼感を取れば幸治が上にいっているように思えた。これも隆志が決して怒らずに指導し、仕事を進めやすい環境にもっていってくれたおかげだろう。隆志は入社してからずっと俺の下で仕事をしていた。自分が管理職になったら一番のキーになる部署で働いてもらおうと考えていた。会社が成長するにつれて、ボトルネックとなったのが検査だった。そこで俺が4月に異動させたのだ。未だ成果は見られないものの、数年間のスパンで必ずや成果を出してくれると信じている。

成長を見せる幸治に比べ、和夫は自分の失敗でもあるにも関わらず、幸治のせいにしていた。

「お前がちゃんとすればできてただろう。何してんだよ。」

この様子を見て、隆志が俺に目配せをしたが、俺は何も言わないことにした。今では会社も成長を見せ、自分でも驚くほどに優秀な人間が入社してきている。自分が高卒でありながら工場長になれたのは、努力もあるだろうが、他に人材がいなかったというのもあるかもしれない。そう俺が入社した当時は社員が20名に満たない会社だった。うちの親父がやっている鉄工所の取引先がこの東東京精工所だった。修行のつもりだったのだろうか、いずれは親父の鉄工所を継ぐつもりもしていたが、兄が継ぎ、そのまま自分は居残ることとなった。それに比べて今年の新入社員が全員が大卒だった。しかも誰もが知っているような有名大学を卒業したメンツだ。自分がその上に立つとは思ってもみなかった。大卒の新卒入社を採用し始めてからとし始める前とでは、会社の雰囲気も一気に変わった。飲み込みの早さに驚かされ、みるみるうちに急成長を見せてくれた。幸治の同期たちは皆、各部署で大活躍だ。

そんな会社の成長に浸りながら、新しい材料が届き、すぐに再製作に取り掛かった。まずは和夫の工程だ。万が一に備え、失敗した製品の検査を全て完了させていた。他にミスは無かったが、製品の出来としてはまだ未熟なところも見える。時間に追われて妥協をしたのだろう、こうしたことはすぐに製品に現れる。10年も勤めているとなかなかそれを指摘してくれる人がいなくなる。ちゃんと製品が出来上がってから、和夫にはゆっくり話をしようと思う。

和夫の工程が終わり、幸治に回る。この時点で俺は製品の成功を確信した。それくらい幸治が信頼できるまで成長してくれたことに喜びを感じる。厳しい公差を含んだ部分を除いての工程が終了し、隆志と幸治で検査に入る。ミクロン単位での測定を完了し、メモを握りしめて現場に向かう。本来は現場に入ることすらない隆志も、製品が心配なのだろう、幸治と一緒に工作機械の前に立った。俺の出る幕が無いのも悲しいが、二人を見ていると本当に頼もしい。工作機械のスイッチが押され、待つのみとなった。

営業には納期が延びることを連絡した。金曜日に発送する予定だった製品を土曜日にハンドキャリーで運ぶことになったのだ。営業からは何を言われたか覚えていないが、聞き流しておけばいい。この失敗を経験値にしてくれた人間がいるからだ。社長にも連絡をした。また怒られたが、それ以上に嬉しい出来事があったのだ。気が付いたら24時を超えていた。嫁には悪いが、幸治の成長の話をしたいと思う。

 

 

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思ってた以上に長くなりました。

お疲れ様です。

 

ISO・JIS準拠 ものづくりのための寸法公差方式と幾何公差方式