summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

中学2年のバレンタインデーの後悔について語る話

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トピック「バレンタインデーについて

 

バレンタインデーの思い出について語ります。

 

小学校とか、近所に住む同級生からチョコレートをもらえることがあったり、クラスの女の子がポストに手紙と一緒に入れてくれていたり、嬉しい思い出が多い。

 

中学生になると、みんな急に意識しだして、義理って分かるチョコか、本命かのどちらかしかくれなくなったように思う。

 

僕は中学2年生、サッカー部だった。そこそこさわやかで、そこそこ勉強も頑張ってて、そこそこイケてる友達がいて、そこそこの中2だった。減点方式で恋愛をするなら、合格点だったと自分では思う。顔のタイプがあるからそこで合格点を下回る可能性はあるから仕方ないけれど。

 

その中学2年のバレンタインデー、ぼくは学校でソワソワしてたけど期待が大きすぎるほど落胆は大きいもので、下駄箱は開ける方式じゃないし、机はザA型の整い方で異物が入ってきたらすぐ検知できるようになっていた。どこを探しても無かった。普通に部活も終わって帰宅した。

 

家族は幸いなことに、僕宛ての郵便物は僕が受け取るように、見て見ぬふりをしてくれるハッピーファミリーだった。郵便物に期待をしたけど、特に何も無かった。落胆を必死に隠しながら家に着いた。家に帰ってしばらくすると、女の子3人が家に来た。知らない女の子たちだった。

 

僕に用事があるという。母親のパート先の知り合いの娘さんらしく、母親と顔見知りらしい。同じ中学の1年後輩の女の子たちのようだ。そのうちの一人が僕にチョコレートを持ってきたのだろう。母親が僕を呼んだが、ぼくは恥ずかしくて出られなかった。いないってことにしてくれって伝えた。恥ずかしいのと、いろいろと茶化されるのが嫌で仕方のない年頃だったんだと思う。

 

母親が上手く対応してくれて、しばらくして女の子たちは帰っていった。いま思うと、なんで普通に受け取れなかったんだろうと思う。ありがとうくらい言えないとまずいよなーって思う。まあでもそんな年頃だったのでしょう。

 

思い出したら、そのあと母親経由でプリペイド式の携帯電話の番号を交換して、文字数制限いっぱいのメールを何度も交換したのは記憶に残っている。

 

 

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