summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

誰も僕のことを知らない土地へ逃げたくて新幹線で九州へ向かった話

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こんにちは。知覧特攻平和会館へ行ったときの話です。

 

鹿児島県にある、特攻平和会館

 

特攻隊員の手記が残る特攻平和会館。当時の資料や詳細なルート、特攻に至る歴史、日本の状況などが詳しく残っています。何人もの特攻隊員たちの家族へ向けた手紙が残っています。大変貴重な、命の尊さを再考できる場所です。オススメ!

 

とにかく遠くへ行きたくて、新幹線に乗った

 

東京で病んだ。会社へ行けなくなった。何週間か精神安定剤を飲みながら仕事を続けたけど限界だった。夜は眠れず、週末も仕事のことを考えていた。何かが外れてしまった僕は、月曜日の早朝、上司へメールをして東京駅へ向かった。家族へ感謝の手紙を書いて、手紙を見つけてくれるであろう合鍵を渡していた当時の彼女への手紙を書いて、貯金を使い果たして、どこかで尽き果てるつもりでいた。もしくは、どこか誰も自分を知らない土地で、新しく生きていけたら嬉しい、そんな気持ちで遠くへ行った。西だった。とにかく西へ。

 

福岡に着いた

 

早朝の新幹線で福岡まで行った。着いたのは、お昼過ぎだったかと思う。すこしお腹が空いて、ジャンクフードが好きなので福岡まで来たにも関わらず、ぼくはモスバーガーを食べた。うまかった。遠いところまで来てしまった。持ち物は携帯と、財布だけ。今頃会社では同僚たちが働いているのだろうか、僕がいなくなって、混乱しているだろうか、いろいろと思ったけれど、何かしら爽快感が大きかった。ここまで来てしまったのだから、もはや元には戻れない、そう覚悟していた。貯金を使い果たす目的で、ひとまず散財したかったけれど、その方法すらわからない。普段飲まない高いコーヒーを飲んで時間を過ごした。夜になってホテルを取った。夜は一人で映画を見た。そのころには少し落ち着いていたけれど、何がどうなっているのか、まだ自分でも理解できていない状態だった。夜はよく眠れた。よく聞いていたトータルテンボスのラジオを何度も聞いた。

 

とにかく南へ

 

熊本に行くことにした。九州を一周して、それから中国地方を回って、四国へも行って、日本を周れたら楽しいかもしれないと思いついた。福岡からの新幹線で熊本へ。思ったより近かった。熊本城に行った。想像以上に壮大なお城だった。周りも都会で、駅から路面電車で行った。知らない土地は、こんなにも楽しいものかと感じた。一人でまわる観光は、時間が過ぎるのが遅い。まわるのが必然と速くなる。お昼前には熊本駅に戻って食事をした。ご当地定食のようなものを食べた。ほっこりする味で泣きそうになった。次は鹿児島へ向かうことにした。

 

鹿児島へ

 

新幹線で鹿児島へ向かった。向かう途中に、「鹿児島 観光」で検索した。目に留まったのが、知覧平和記念会館だった。何かに引き寄せられるように僕は知覧へ向かった。鹿児島でレンタカーを借りて、少し小雨の降る中で、ナビの通りに山道を通って向かった。着くころには雨が止んでいた。午後3時くらいだったかと思う。まだ開いていた。鹿児島駅からは遠かった。

 

知覧平和記念会館で手記を見て

 

どんな言葉だったか詳しくは覚えていない。けれど、心から両親に感謝し、自分の人生よりも大事にしているものを信じて思いをつづっていた。必死で飛び立つことを考えると、胸が苦しかった。自分は何をしているんだろう、こんなことをしていていいのか、そう感じた。ヤバい行動をしてしまっているけど、とにかく自分の現実に向き合おう、そう思えた。

 

鹿児島から帰るには東京は遠かった

 

鹿児島駅まで戻ったとき、夕方6時くらいだった。東京へ帰る方法はあったのかもしれない。飛行機とか。ひとまず東京まで戻るには遠すぎて、どこかでもう一泊する必要があった。福岡か、広島か、大阪か、そのくらいがいいだろうと思った。大阪に着く時間は夜遅くなっていたし、広島まで戻ることにした。広島で観光でもすればよかったのだけれど、結局は駅のすぐ近くのホテルに泊まって、翌日すぐに移動した。3日間同じ服だった。

 

水曜日、東京の自宅に戻った

 

月曜日の早朝からもう戻らないかもしれないと家を出たものの、相当早い帰宅だった。家に着いてすぐにパソコンを開いた。営業だったから、社外でも会社のメールが見られる環境をもらっていた。想像以上に会社は僕がいなくても回っていたし、上司からは淡々としたメールがきていた。人事の方から来たメールに、すがるように返信をした。職場から逃げ出した最低な人間だけれど、最低でも最低なりに、逃げてはいけないと思った。人事の方が週末に会って話をしてくれることになった。気が重かったけれど、背中を押してくれたのは、平和会館で見た人たちだったと思う。

 

僕はいまも、精一杯生きている

  

 精一杯、辛いこともあるけれど、自分は生きたい。楽しみたい。恋もしたい。恋がしたい。結婚したい。そう、毎日最高にハッピーに生きている。感謝感激雨嵐。

 

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