summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

【小説】まだ夢を見ている

「まだ夢を見ているのか?」

そう問うてくれる友人を大事にしなければならない、そう思いながらも夢を見たかった。追いたかった。自分には夢もなく、ただ現実を見ながら選択してきた人生だと思う。プロ野球選手になりたいとか、サッカー選手になりたいという夢ではない。ただ現実的につぶしがきくという理由で受けた経済学部で、そのまま就職活動をして、メーカーの営業職をしていた。周りの友人たちもそれぞれ違う業界で、転職の一度や二度は聞いたけれど、それなりのサラリーマンをしている。

 

中学の同級生と飲み会をした週末。30手前に結婚がしたいと叫ぶ女の子が羨ましかった。なにを求めるでもなく、「結婚」の二文字に幸せを感じられるのだと思う。いっそ、こういう子と付き合えたら、社会に適合した、まっとうと呼ばれる人生を歩めるのではないだろうかと考えもする。そんな僕は、20代後半から付き合い始めた彼女と別れてから、まだ自由を謳歌している。早めにもらった夏のボーナスをすべて遊びのために使う予定だ。夏休みの予定を友人と合わせて、南の島へ行く予定なのだ。そこでどういう遊びをするか、そんなことは分かりきっている。

 

「お前に結婚したいとかいう願望はないのか?」

そういう言葉をかけてくれる人もいる。子供のいる友人の話を聞くと、いいものなのだろうという感覚はある。しかし、自由を制限されるという点で曇りが出る。基本的にめんどくさいという感覚が出ている。もしかしたら、家事をしてくれて、何もかも尽くしてくれて、仕事にだけ行っていれば今より自由に暮らせるのかもしれない。そんなことを求めてよいのだろうかと自問自答する。それでも結婚したいと言ってくれるなら迷わずするだろう。子供はすきだ。

 

そういえば20代後半、冷やかしで婚活パーティというものに参加したことがある。みな真剣で引いた。着飾った様子の女性たちが、年収や仕事について深く聞いてくる。営業職ということもあり、これといった特別なスキルがないまま過ごしていた。しいていえば人と話すことに抵抗がないことや、それなりに冗談を言えることなのではないかと思っていた。そんなことを感じつつ、やはり結婚の二文字に前向きにはなれなかった。相手の親への挨拶、そこから続く家族関係、自由に使えるお金は減るだろう、お小遣い制となるのだろうか、行きたいお店に自由に行くことも減るだろうと思う。

 

「まだ夢を見てるのか?」

そういって止めてくれた友人が、あきれたような顔をして勝手にしろと言ってくれた。東京にいったら、遊びにきてくれよな。そう言い張り、都内の物件を決めた。仕事を辞めてからでも契約できる物件もあるようだ。保証人もいらない。最先端だと感動しつつも、先行きの不安は否めない。なにより生活費がかかることは想像がついた。必須アイテムであった車を手放し、家賃を最低限に抑えた。ないをするでもなく、ネットで知り合った友人に連絡を取り、現実逃避のように出た都会。ネオンサインがきらびやかに光る街を見て興奮する。星のない空を故郷と呼べるような日がくることを信じて。初夏に都会に降り立った。これからの夢を膨らませて。