summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

特に無題の自分史(長文です

気のすむまで書き続ける心情の吐露です。

 

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無題の自分史

 

先日、体調をくずしました。心理的な問題かと思います。

仕事を退職させてもらいました。

げんざいは無職です。げんき?と聞かれればげんきです。

 

付き合っていた彼女ともお別れをしました。

さすがに働いていない人と付き合い続けるのは難しいと感じたのかもしれません。

名目的な理由はそれではないのですが。

 

さて、ぼくの人生はどこへ向かってゆけばいいのか。

大変悩んでいます。悩んでいると言いつつ、特に具体的な行動をとるわけでもなく、もんもんとした日々を過ごしています。

 

幸いにも食事と寝どころはあります。

 

仕事について

 

そういえば最初の会社を辞めるとき、ぼくは悩みましたが、自分に言い聞かせるように、大手に行ける、大丈夫、これで理想の場所で働ける、そんなことを考えていました。育ててもらった会社に、義理も通さぬような辞め方でした。突然体調不良を訴えて、そのままとんずらするように。本社の代表に連絡をしました。会社組織というのは、できるかぎり部署異動などで働き続けられるようにしなければならない、というのをあとで知りましたが、それでも戻ってくるかと言ってもらえたときは感動しました。

最終的には、新しい場所を選びました。そこでの仕事は、大企業風のもので、都心のオフィスに満員電車で通いながら、夜遅くまで仕事をしていました。伝票処理と客先の要望対応という営業でした。客先の担当者は苦手なタイプで苦痛でしたし、体力的な部分でもしんどかったです。思い出すと、なんで逃げてしまったんだろう、もう少し我慢していれば今頃、なんて考えもありますが、当時はそこまで思考が追い付かず、とりあえず逃げたいという気持ちでした。メールで上司に連絡をして、遠くまで行きたいということを考えました。自宅には置手紙を。当時の彼女が見つけてくれるのではないかと思っていましたが、その前に帰宅しました。3日後には我に返って。兄に向けて手紙を書いているときは、自分でも不思議なくらい涙が出ました。幼い時の思い出などを思い出しながら、本当に感謝をしたい気持ちでした。あと自分の不甲斐なさや申し訳のなさから。いまもあの時を思い出します。

そこから休職という期間をいただきました。春から夏に向かってゆく季節。生活は貯金を切り崩すように。居てもたってもいられずに、やっぱり職場には戻れないという気持ちからも、転職活動をしましたが、体調面のことを正直に話すとことごとく落ちました。もとの職場にもどろうと思ったのは、面接のときに行った会社で言われた言葉がくやしくて、それを挽回するには同じ会社でそれなりの規模の会社で働き続けることなんじゃないかと思ったからです。休職中に当時付き合っていた彼女とはお別れしました。じぶんの不調のせいか、彼女にまで影響が出そうなくらいにお互いに疲弊してしまっていたので。もんもんと過ごしながら、決まらない就職活動を続けました。そのときにまた人事の方からメールをいただき、復帰の準備をはじめようという言葉をいただきました。労働組合の委員長などにも協力いただいて、ぼくは復帰を目指してがんばろうと思いました。そこから引っ越しをして、復帰訓練をして、無事に働き始めました。多大な配慮をいただきながらの就労でした。出張禁止、残業禁止。そんなときに始めたのがはてなブログです。最初は、もしかしたら儲けられるのかもしれないという気持ちから。残業禁止で給料がぐっと減ってしまったのもありました。3か月間の残業禁止期間も終わり、なんとか職場には慣れていきました。工場でしたが、職人気質な先輩方や、直属の先輩に助けられながら、上司には配慮をもらいながら進められました。半年ほどほとんど残業はしていませんでした。年度をまたいだころに、少しずつ体調を取戻したのですが、自分の境遇や環境への不安や不満はでてきました。ブログだけが楽しみでした。5月ごろだったか、偶然に夜遅くなった日があり、やっぱり自分はこの仕事向いていないと感じるようになっていきました。自分よりもうんと年下の人が活躍している姿を見ると特に。結局辞めたいと思いだしてから、転職サイトに登録し、転職活動をし始めました。それでも、辞めるときは迷惑をかけないようにしたい、ということは考えていました。東京で多大な迷惑をかけてしまったので、そうなってはいけないと。実家ちかくの会社に就職させてもらえることになり、戻りました。辞めるときは送別会までひらいていただいて、上司からは出戻りだって可能性がある会社だと言ってもらえました。たいへんうれしかったので、いまでも記憶にのこっています。そのぶんも次のところでがんばりたいと決意したのも思い出しました。そんな決意もむなしく、ぼくは1年に満たずに会社を辞めました。辞めた理由はさまざまありますが、辞める時は体調がわるいと言いつつも、仕事場に行けないほどの不調でもなく、一日寝て過ごせば治るようなものではなかったのかと感じます。本当に小さい理由すぎて、恥ずかしくてブログにも書けません。せめて体調が悪くて倒れるくらいまで頑張れていられればという思いもあります。結局そこから転職活動をはじめることになりました。最初に受けた会社に運よく内定をもらいました。転職エージェントがすすめる会社です。大手自動車部品メーカーの契約社員。いつか正社員を目指すと言う場所です。自分は、プライドもないはずなのに、正社員で探したいという気持ちが捨てきれずにいまも求人票をさがしながら、ハローワークやリクナビNEXTをみています。田舎でもあり希望の求人はなかなかありません。東京や大阪などの大都市への就職も考えていますが、いまはまったく自信がありません。そして結局なにがやりたいのかわからない活動をつづけています。特にタイムリミットの制限もなく。もし仕事が決まったら、ブログで報告したいと思います。喜んでいただけたら、それだけで涙してしまうかもしれません。すみません。

 

恋愛について

 

自分史のようなものを書くなんて恥ずかしいですが、それでも書かずにいられません。恋愛については、悩んでいるようで、いままで辛い記憶もありながら充実していたと感じています。最初に結婚を考えたのは26のころです。1つ年下の彼女でした。近くに住む、かわいらしい、女の子らしいひとでした。看護師をしていて、夜勤など大変そうでしたが、予定を合わせて会っていました。きっかけは友人の紹介で、1年半くらいつきあったと思います。丸2年が経過したら、本気で結婚を考えよう、と思っていました。別れた理由はと聞かれると、ぼくの連絡不足が原因なんだろう、と思います。仕事が忙しくて連絡が滞ったり、しばらく会えずにいたり。そんなことから私もう若くないし、と言われて振られてしまいました。26歳で子供を産みたい、そんな願望をぼくに教えてくれていました。悲しかったですが、前向きでした。仕事で転勤の話もあり、充実した日々があったからです。

東京に行ってからは、コンパに誘ってもらったり、紹介をしてもらえたり、大学のときに仲のよかった子たちと再会したり、充実していました。仕事の方も1年ほどはあまり結果が出ずとも大目に見てもらえていたからだと思います。東京に出てから偶然フェイスブックで連絡した同級生と再会して付き合えることになりました。そのころ年上のお姉さんとも食事に行っていたりして、あのときの選択で人生変わっていたかも、なんていう思いもあるようなないような。失った選択肢の可能性を考え出しても仕方がないですが、そんなことを考えずにはいられない時間です。

結局付き合いだして充実した日々は、仕事の不調がきっかけで、転職、その後の休職という時間のなかで失われました。転職の後押しもしてくれたし、休職してからもしばらく応援してもらったのですが、うまくいきませんでした。転勤先に一緒にいくかもしれないということさえ言ってくれていて、その言葉をきいたときは大変うれしかったのを覚えています。結局、毎日もんもんと病んで過ごす自分のせいで、引きずりこんでしまうと思い、お別れすることになりました。ぼくから切り出したさようならですが、内心うれしかったのではないかと思います。お手紙をくれたのを読みながら、ほんとに終わったんだなと感じたのは今でも感覚的にあります。そのあと仕事に復帰してから、やり直してほしいとお願いにいきましたが、その願いはかなわず。

そこからしばらく、非モテ婚活キャラとしてブログで楽しみながら、オフ会に行ったり、婚活パーティに行ったりしました。婚活はむずかしいですね、いざ結婚、というものではありませんが、踏み切れないでいます。あと連絡先を聞いても、なかなか返事がこなかったり、デートまでこぎつけなかったり。そんな日々がつづきながらも、ブログで婚活のことについて書いてみたり、新しい恋愛ができないものかと思ったり。それはそれで楽しい日々でした。収入に不安を覚えている自分は、それこそ結婚相手がかたい仕事や稼げる仕事、どこでも働ける資格などをもっているといいなと考えるようになりました。ほんとうは自分ももっとブログで稼ぐ予定だったのですが、どうやらサラリーマンになるほうが自分には良いようです。結婚相手が、看護師や美容師、あとはライターだとかアフィリエイターなど在宅でできたりする仕事だと安心だなあと感じ始めています。いまでも切実に。しかし、どこかで男子である自分が養うんだという意識もあり、そんな変なプライドは継続しています。ブログきっかけで出会った方とお付き合いできたときは、正直とてもうれしかったです。毎年ハワイ行こうなんて冗談を言いながらへらへらしていました。そのあと結婚を早くしたいという自分のエゴからお別れすることになりましたが、そのあとに付き合う方ともお別れしました。それが冒頭の方です。ここはまだうまく振り返れるほどの時効成立しておりませんので、LINE電話でお話しましょうか。

 

さいごに

 

読んでいただけて大変うれしいです。ありがとうございます。

仕事もなく、恋人もおらず、お金も減るいっぽうで、けっこう精神的にはきていますが、それでもこれを乗り越えて、またへらへら生きている自分も想像できています。いっぱい食べて、いっぱい寝てください、そういってくれた知り合いのライターさんの言葉はほんとその通りだと感じます。食べて寝ているうちに、活力がわきだすことを、いままでの経験からも実感しています。

ブログという素敵なツールに出会えて、自分はうれしいです。オフ会で会えた中の人たちにまたお会いしたいと切に願います。東北にいる同世代のブロガーさん、東京にいるみなさん、東海地方にもいるライター&ブロガーさん、関西はリアルな友達もおおいです。中国地方はかつて片想いをしたブロガーさんもいるね。九州はあまりお知り合い少ないかもしれません。

またどこかでお会いできたら、このときの話を笑話に変えて語れていると嬉しいです。いまはすみません、飲めないお酒や吸えないたばこに逃げてしまっているときもありますが、すこしずつ規則正しい生活に戻せつつあります。

屈託なく笑える日がもどったら、それは本当にみなさんのおかげです。