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summersunday’s blog

忘れてしまいたいことや どうしようもない悲しさに 包まれたときに男は ブログを書くのです

【小説】事務員の失踪

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25歳のユキちゃんは本当にできる子だった。

 

ぼくが東京に赴任して1年目、まだ小さな営業所だったところに、パートの募集をかけたところ入ってくれた。最初はパートだったけれど、知らないうちに正社員になっていた。忙しいときにはサービス残業もしてくれていた。

 

最初の頃は、社会人の経験もなく、どこか世間知らずなところも見えたけれど、数年経つうちに、そのぽっちゃりとした体型と、人懐っこさからお客さんからも好かれるようになった。本社の物知りなおばちゃんに教えてもらったところ、お嬢様学校と呼ばれる学校を卒業していて、世間知らずというか、金銭感覚の違いは当然だと教えてくれた。われわれ庶民とは違うのよ、そんな表現をして教えてくれたことを記憶している。そういえば、最寄駅から徒歩15分ほどの営業所に戻るのに、歩いて来たと伝えたときに驚かれた。当然のようにタクシーを使うのだそうだ。ついでに聞いてみたところ、マクドナルドは人生で数回しか食べたことがないそうだ。そんな世界もあるのか、そう驚いたのを覚えている。

 

ぼくは地方の公立の大学の、いちばん倍率が低そうな理系の学部に入ることにした。別に将来やりたいことがあるわけではなかったけれど、勉強はすきだった。ほとんどの友人は大学院に進学すると言っていて、6割は内部進学、あと3割ほどは他大学の大学院に行った。1割は就職を決めた、地方の公務員の技術職などが主な就職先だった。ぼくはなんでもよかったので、適当に家から通える就職先に決めた。大卒の社員を取ったことも数年ぶりという会社だったけれど、アットホームな雰囲気がよかった。

 

ユキちゃんのおかげもあり、営業所での成績は良かった。ぼくが仕事をしなくても勝手に受注を決めて、関西にある本社と掛け合って値段を決めてくれた。もはや営業マンの仕事は外に出て邪魔をしないことかもしれない、そんなことすら思った。東京に来て丸2年が経過したころ、ぼくは営業所を任されるようになり、後輩だった社員が部下になっていた。後輩もお調子者で、「やっぱり最大の売り上げを誇る営業所の所長は違いますね~」と言いながら勝手に買ってきた駅前のたい焼きのお代を払わされた。ユキちゃんも毎年ダイエットしますと宣言しながら、たい焼きを頬張っていた。雰囲気のいい職場で、適当にしていればお調子者だけど口がうまくバンバン仕事を取ってくる後輩と、しっかり者の事務員さんのおかげで売り上げは右肩上がりだった。

 

他にもあまりにも営業成績がいいおかげで、社員が増えていった。新卒で入った子は国立大学を卒業しているという。なんでこんな会社に入ってくれたんですか、ぼくはそう素直な気持ちで入った。小さな会社の方が力が付きそうじゃないですか、もっともな回答をしてくれたけれど、何を考えているかよくわからない。休憩時間に事務所にいると、だいたい外国の学者が書いた本を読んでいる。興味すらわかない。ぼくはうまくコミュニケーションが取れなかったけれど、ユキちゃんはどんな社員にも気さくに話しかけていた。ぼくがお客さんからクレームに対処したときにちょっと怒ったときは、その社員に優しい言葉をかけていた。とてもバランス感覚のいい、どんな場所でも頑張れる子だった。

 

本社から出張で人がくると、事務所の応接室で対応することになっていた。ぼくも東京に来る前には大阪にある本社で仕事をしていたのだけれど、本社の人はほとんど体力勝負で仕事をしてきたハードワーカーばっかりだった。工場長には本当にかわいがってもらったと思う。週末にキャンプやスキーに連れて行ってもらったし、家で鍋を振る舞ってもらったりもした。営業として半人前ながらも、無理をして大手との大口取引を成功させたときは、工場長に助けてもらったようなものだ。この仕事が決まれば大化けしますから、と訴えたが、価格競争の激しい業界への参入ということもあり、営業の先輩方は乗り気じゃなかった。そんなとき、工場長がどんな値段でもいいから取ってきてくれ、エンジニアの成長にもなるし、展示作品として作りたいと思ってた、という言葉から激安ともいえる価格で受注した。それがきっかけで業界内のうわさになり、それから1年はほとんど休みも取れないくらいに仕事が舞ってきた。

 

一気に大きくなった営業所で、ユキちゃんは本当によくやってくれた。お客さんの中にはユキちゃんのファンもいたように思う。一応自分が担当するお客さんもいたけれど、大手は若い営業マンが毎日のように打ち合わせに出かけていた。自分が入社年度が早かっただけで、若い営業マンたちは相当に優秀だった。そんななかでも管理職として、飲み会では舐められまいとおごることも多々あったし、相変わらずたい焼き代は払い続けていた。夕方に営業マンが戻ってくると、定時になったユキちゃんがいつもの笑顔で元気にあいさつをして帰って行った。若い営業マンも何人か禁止のはずの社内恋愛を希望していたけれど、うまくいかなかったようだ。

 

恋愛の話がでたのでついでに言っておくと、ぼくは東京に赴任して一番忙しいころに、取引先の社長の御嬢さんと知り合うことになった。たまたま海外向けの仕事を受けようとしているときに、英語ができる人を探していた。そんなときにアメリカから帰ってくる娘をバイトとして雇ってくれないかという話になり、数か月一緒に仕事をした。一緒に出張に行くときは、とても警戒されていたのを記憶しているが、帰国子女とはいえ知らない土地で頼れる人として役に立ったのだろうか、都内で週末に会うような関係になった。ぼくはそこまで意識していなかったけれど、取引先の社長からうちの社長に話が周り、態度をハッキリさせろと半ば強制的に結婚を迫られたようなかたちで結婚した。

 

ひとまずぼくは、人生のうちで大事なイベントを終え、仕事も順調だった。給料は決して高給ではないものの、やりがいがあってそれなりに充実していた。そんなときに事件が起きた。ユキちゃんが週明けの月曜日から出社していないと連絡を受けたのだ。ぼくはたまたま本社で研修を受けていたところだった。新しく入ったスタッフ研修の付き添いと、新しく導入された機械の説明を受けるために。営業マンとしてどんどん新しく知識を得ないことは面倒だったけれど、それなりにやりがいを感じていた。新しく入ったスタッフは、ぼくが採用したのだけれど、どうやら続きそうにもなさそうだった。女の子の半分は研修で辞める。セクハラなのか、体力的なものなのか分からないけれど、女性で総合職として働く人が少ない会社だった。産休育休の実績もほとんどなかった。

 

水曜日に東京にもどったぼくは、事務所にいる営業マンたちに様子を聞いてみた。特に連絡はなく、月曜日から来ていないとのことだった。営業マンが自分で書類を作らなければならなくて面倒がっていたけれど、誰も心配する様子もなかった。それでも3日も連絡なく休むということは何事なのか気になった。仕事にやりがいが感じられなくなって辞めたくなった、それならかまわない。なにかの事故に巻き込まれたと考える方が自然なくらい誠実な子だったから余計に心配だった。そういえば最初のうちは実家住まいだったみたいだが、最近一人暮らしを始めたと書類を提出された。ぼくはハンコだけ押して本社に丸投げすればいいだけだったからよく覚えていないけれど、わざわざ実家ちかくに一人暮らしをしていた。

 

実家に帰っているのかと思い電話してみたが、いなかった。水曜日ということもあり、ノー残業デイを使って営業マンはほとんどが直帰していた。たまたま営業所にいた高学歴くんを誘い、ユキちゃんの家に行ってみることにした。ピンポンを押し、待ってみても出てこない。当然だと思うが、オートロックにカメラ付きの玄関で、家賃相場からすると、とてもうちの給料だけでは生活が成り立たないほどの家だった。誰かと一緒に住んでいるのかとおも思ったが、そうでもないらしい。彼氏くらいいても不思議じゃない。わざわざ会社の人にプライベートな人間関係を話さなくてもいいからだ。そんなことを考えているうちに、高学歴くんが管理人に問い合わせてオートロックを開けてくれることになった。

 

玄関先でピンポンを押す。もちろん応答がない。管理人さんには大げさな説明をしたようで、マスターキーなるものも用意されていた。中で自殺、まさかと思ったが、この東京でならいつ起きてもおかしくない、そんなことすら頭をよぎった。ここ数週間の様子を見ても、元気が無かった日がないくらい天真爛漫に生きていた。それでも不安には思った。思い切ってドアを開けてみたら、カギがかかっていなくてスっと開いた。思わずそのまま中に入っていくと、茶封筒に入った手紙が2つ置かれていた。ひとつは家族に。ひとつは男性の名前だった。遺書ともいえる内容だった。ごめんなさい、とそう最後に書かれていた。

 

そのあと、家族へ連絡をして、会社での様子などを説明した。本当に心当たりがなかった。お母さんいはく、男性の名前は彼氏だそうだ。失恋をしたのか、何が原因だったか分からない。あれほど仕事熱心で、営業所のメンバーはみんな好きだった。好意を抱くものもいるくらい。そんな彼女が突然失踪した。遺書のようなものが置かれていて、まさかと感じたけれど、精一杯のメッセージを込めてメールを送った。携帯は持って行ったようだったから。なんだか疲れた一日だったが、家に帰って妻にその話をしたら、意外な返事が返ってきた。「ああ、あの子絶対大丈夫よ、どこかで別の生活を始めるわ、きっと」と。なんでか聞いたら、女の勘だという。正直なにが起こるかわからない、生きててほしいし、どこかでケロっと再会できたらと思う。

 

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恥ずかしい散文ですね。

 

4000文字。

 

読んでいただいてありがとうございます。

 

構想も甘いですね。

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